どーも!タツマルです🐲
このブログでは、私の純資産(1.9億円)内訳や定年退職時の保険・年金・税金の手続きについて、詳しく書いてきました。
それを読んだ方はもしかしたら、私のことを「若い頃からマネーリテラシーが高く、節約や投資に励んできた努力家」と思われたかもしれませんね。
ところが実際は全く違うんです。若い頃の私は、はっきり言ってとんでもないポンコツでした。金銭感覚がブッ壊れており、借金まみれだったんです😭
そんな、どうしようもないダメ人間が、一体どうやって億単位の資産を構築し、FIRA60を達成できたのか?
今回はその、劇的な転換のきっかけとなった出来事について、書いてみたいと思います。
昔話にはなりますが、若い頃の私のダメっぷりを見て「こんなヤツでも億り人になれるんなら、自分もできるはず!」と思ってもらえると、幸いです😊
離婚してすべてを失う
さて、今からちょうど30年前の1995年2月。
当時30歳の会社員だった私はそのとき、何もかも失いました。
別居中だった当時の妻と正式に離婚・・。わずか3年で破たんです。
慰謝料として50万円を妻に渡します。わずかばかりの金目のものはすべて売り払い、その代金も渡しました。クルマは妻のものとなり、私に残ったのはローンだけ。
そのとき住んでいたファミリー向け社宅は退去させられ、住む家も失いました。「離婚したヤツなんざ、とっとと出てけー!」みたいな感じでしたねー、当時は・・😭
その時点で貯金はゼロ、借金は200万円以上ありました。借金の内訳は、親戚に借りた結婚費用100万円、銀行のカードローン50万円、返済中の奨学金40万円、クルマのローン30万円等々。
まさにドン底へたたき落とされたような気分でした。家族も住む家もなけなしの金もいっぺんに失い、残ったのは借金だけ、ですから😖
なんでこんなことになっちゃったんでしょうか?
それは、私自身の生い立ちや性格が原因だったのです。
子供の頃からダメな金銭感覚
私は西日本のとある地方で生まれ育ち、高校卒業まで実家暮らしでした。
父親は大手メーカー子会社の販売会社勤務、母親は専業主婦。両親と妹の4人家族で、ごく普通の家庭です。
父親の年収は推測ですが300万円に満たない水準で、当時としても少ない方だったと思います。ですので、家はボロくて狭かったし、両親はいつも「お金がないーっ!」と言ってました😓
一方、親戚には地元の建設会社のお偉いさんとか、司法書士の先生とかがいて、どちらの家庭も広くてキレイな家に住んでました。その親戚の家に遊びに行くと、自分ちでは食べたこともないご馳走を、たらふく食わせてもらえたんです。
「ううっ💦金持ちはええなあ~、僕も金持ちになりたいな~」
子供心にいつも、そう思ってました。お金持ちになりたい、という願望は子供の頃から強かったんです。
もっとも、私の実家は経済的に豊かではありませんでしたが、やりたいことは自由にやらせてくれましたし、大学にも行かせてもらえました。なので、両親にはとてもとても感謝しています。
しかしながら今思えば、両親ともにマネーリテラシーが低く、お金の扱い方は長けてませんでした。そんな親に育てられた私も、同様に金銭感覚が磨かれないまま年齢を重ねます。
中高生の頃は、毎月の小遣いをもらっても、たいがいは半月もたたず使い切ります。お金が足りなくなったら、妹に借金したり、父親の蔵書を古本屋に売り飛ばしたり、高校通学のための定期代を使い込んで、10km以上の道のりを自転車で通ったりしてました。
全くもって、なっとらん!ですな~😤
大学に入って親元から離れてからも、相変わらず金が無くて、いつもピーピー言ってました。ともあれ、親からの仕送りやアルバイトで食いつなぐことはできましたし、大学の寮に住んでいたので家賃や食費は安上がり。
遊ぶ金には事欠いてましたが、定期収入のない学生でしたのでクレジットカード等の借金はなかったんです。
カードローンとクレカで借金ふくらみサラ金に手を出す
銀行でカードローンを申し込む
ところが社会人になると、これが一変します。
入社時に会社から、給与振込用の銀行口座を作るよう指示されましたので、会社のそばにあった銀行で口座開設しました。その際に、預金口座に付帯するカードローンを提案され、私は言われるがまま申し込みます。
50万円まで無担保で借り入れ可能、返済は毎月1万円のミニマムペイメントでオッケーとのことです。
つまりこれは、今ではすっかり悪名高くなった”リボ払い”でしたが、当時はそんなこと知る由もありません。いつもピーピー言ってた私は、「おっ?こいつはいざというとき便利だね~😏」と思いました。
といっても、しばらくは給与の範囲内で生活し、カードローンを使うことはなかったんです。ところがクレジットカードを作ってからは様相が一変します。
クレカのせいでカードローン借入がふくれあがる
同僚からクレジットカードの入会案内をもらった私は、早速申し込んでクレカを使い始めました。こちらもしばらくは、銀行残高の範囲内で使っていたので事故はありませんでしたが、やがて残高ギリギリまでクレカを使うようになります。
そしてあるとき、預金通帳を見たら、引き落とし額が預金残高を上回っていました。その不足額、数万円はカードローンから充当されていたんです。
つまり、銀行預金の残高が足りなくても50万円まではクレカを使える、ということがそのときわかったんです。「おおーっ!?こりゃ便利だねー」とばかりに私は、気軽にクレカを使うようになりました。(バカですねー😅)
そして気が付けば、あっという間にカードローンの借入残高は膨れあがり、上限の50万円に近づいていったのです。
そりゃそうなるでしょうね。
新入社員の頃の私は、会社の独身寮に住んでいたのですが、実家暮らしの同僚たちと同じように、仕事終わりに飲みに行ってはタクシー帰り。休日は自分のクルマを乗り回し、やれゴルフだスキーだ、と遊びまわってました。
手取り20万円に満たない若造がそんな生活してたら、到底お金が足りません。あっという間に毎月の収支は赤字基調となり、銀行のカードローンやクレカのキャッシングでなんとかやりくりしてました。
しかしながら社会人3年目のあるとき、ついに切羽詰まってしまい、サラ金の門をくぐります。
殺伐としたサラ金の店舗
そこは当時からテレビCMをバンバン流していた消費者金融大手の営業所です。今でも覚えてますが、店内は狭くて薄暗く、待合席には先客が2~3人いました。当然ながらにこやかな表情の客はいません。なんとも殺伐とした雰囲気でした。
カウンターには50歳前後の大手企業の管理職といった風情の男性客がいて、店の女性とのやりとりが聞こえてきます。
くだんの男性客曰く、「なるほど!それならVISAカードのキャッシングよりも金利が低いんだね~」などと大声で話してました。
サラ金で借金するほど落ちぶれた自分を認めたくないのか、まるで大手一流クレジット会社よりも有利な融資を引き出したぞ、と言わんばかりです。
待合席の他の客はその声が聞こえてもまるで無表情。腹の中では「サラ金に金を借りに来たくせに、なに張り切ってんだい?」とでも思ってるのでしょうか?
私の番が回ってきたので、淡々と受付をすませ、キャッシング用カードを受け取ります。その場でとりあえず5万円ほど借りました。ともあれ、そのときの寒々とした出来事がなんとも印象的だったこともあり、このときの借金は早々と返しました。
金もないのに結婚す
結婚資金として100万円借金!?
新入社員の頃からずっとそんな調子だったので、前の妻と結婚する頃、貯金は全くありませんでした。貯金どころかクルマのローンや奨学金を返済中の身だったのです。そんな状態なら結婚しなければよかったのですが、そうせざるを得ない事情がありました。
その頃私は、大阪に住んでいたのですが、会社の人事異動で間もなく東京に転勤することが決まってました。そして大阪にいる彼女と、結婚するか別れるかの決断を迫られていたわけです。
当時付き合い始めたばかりでしたので、遠距離になれば確実に疎遠になると思いました。まだネットが普及する前の時代です。長距離電話は金がかかるし、大阪に戻るには交通費がかかります。
東京で新しい相手を見つければ良さそうなものですが、そんなことを冷静に考えられる頭はその時、持ち合わせてませんでした。
かくして、付き合い始めたばかりの、互いにあまりよくわかっていない相手と結婚することになったのです。
そんな事情はさておき、親や親戚は喜んでくれました。特に母方の叔父がとても喜んでくれて、ご祝儀50万円をポンと出してくれました。さらには結婚式や新生活の資金にも事欠いていた私にポンと100万円貸してくれたのです。私はありがたくそれらの金を受け取りました。
手元に大金があると落ち着かない貧乏人あるある
その他のご祝儀も含め、収入から支出を引くと50万円ばかり残ります。
その50万円を叔父への返済資金に充てれば良さそうなものですが、私と前妻はその金で遊びに行ったり、うまいもの食ったりして、あっという間に使い切ってしまいました。江戸前寿司をカウンターでバンバン注文して、数万円使ったりしてたので、金が無くなるのも当然です。
今思えば、なんと分不相応で身の程知らずの行為でしょう。私は自分が何者かまるでわかっていませんでした。そんな贅沢をする資格などない、借金まみれの貧乏な若造だったのです。
とにかく、まとまったお金が手元にあると、なんだか使わなければいけないような感覚でした。おそらく前妻もそういう人だったのでしょう。私たちは50万円を使い切ると、気持ちが落ち着いたような気がしました。これまでは結婚式に付随するお祭りモード、残金ゼロになったこれからが本当の生活のスタート、みたいな妙な安心感です。
これって、「貧乏人あるある」でしょうね。降って湧いたような大金が手元にあると、居心地が悪くて落ち着かないわけです。なので手元のお金を減らしたくて、むやみに使ってしまう。宝くじや遺産相続で突然、多額のお金を手にした人が、あっという間にそれを溶かしてしまうことが多いのは、きっとそのせいでしょう。
要するに、その人の“お金の器”が小さいため、自分の器を超える大金を適切に扱う能力がない、というわけです。お金の器を広げるには、自分の才覚でお金を積み上げるほかありません。自力で積み上げた資産が、自分のお金の器を大きく広げてくれる、というわけです。
そういうことに私が気づいたのは、もっともっとずーっと後のことです。当時はそんなこと知る由もありませんでした。
妻がクレカを使い、私が金策に走る生活
さて、手元の50万円を使い切った私たちは、結婚生活をスタートさせました。
家計管理は妻に任せることとし、給与振込口座のキャッシュカードやクレジットカードを彼女に預けました。いずれも私名義のカードです。今ならそんなこと絶対にしませんが、当時はバカでしたから平気で自分名義のカードを人に預けたわけです。
そうすると妻は、給料が入るたびにちょこちょこと金を引き出し、あれよあれよという間に使ってしまいます。さらにクレカも無計画に使ってしまう。そんな有様でした。
別に、服とかアクセサリーとか自分のぜいたく品を買うわけではなく、日常のこまこまとしたもの、例えば洗剤とか収納用具とかちょっとした便利グッズなどを手当たり次第に買ってしまう人だったんです。
その結果どうなるかは、火を見るよりも明らかです。
私の職場には毎月のようにクレジット会社から電話が入るようになりました。そして「銀行口座の残高不足で今月分の引き落としができません!どうなってるんですか?」と、なじられるわけです。
そのたんびに別のクレカやサラ金カードでキャッシングして支払い、給料日にキャッシング返済を繰り返します。
こうして、「妻がクレカを使い、私が金策に走る」という、バカみたいな状況が続きました。
こんな状況では落ち着いて仕事ができないし、職場での立場もありません。さすがにうんざりしてきました。
借金で人生が詰んでしまうかも?という恐怖
ちょうどその頃、借金に対する私の心持ちを劇的に変える本と出合います。それは「ナニワ金融道」という街金を舞台にしたマンガ。独特の画風と衝撃的な内容で、当時すでに大ヒットしていました。
私はそのマンガを読んで、大変な衝撃を食らいます。
そこには、サラ金や街金で金をツマんだ(借金した)人々の悲惨な末路がこれでもかーっ!とばかりに描かれています。その中で、サラ金で金を借りると、その記録が信用情報ネットワークに登録され、他の貸金業者にも情報が筒抜けになる模様や、借金の滞納で追い込まれていく人々の哀れな姿が、克明に描かれていました。
それらを自分に当てはめてみると、心底恐ろしくなってきたんです。なにしろ私、サラ金のキャッシングカードで借金を繰り返してますし、自分名義のクレジットカードを妻に預け、ここ1年ほどはしょっちゅう引き落とし不能になってました。その間に私の信用情報は汚れに汚れ続けていたわけです。
お金にルーズだった私も「さすがにこれは、俺の人生ヤバイんじゃなかろうか?」と、危機感を募らせるようになりました。
このままサラ金のキャッシングとクレカの滞納を繰り返していると、いずれ自分の人生は完全に詰んでしまうかもしれない・・。
そんな恐怖におびえるようになったのです。

(次回に続きます)
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